「おじいちゃんが入院したよ」 どうする?親の介護 [余命宣告~介護退職~再就職までの体験談]

病院 転職

遠くに住む親が、突然、がんで余命宣告をされたとき、あなたはどうしますか。

私は即決しました。[会社を辞めて親の家に引っ越して看病する]

そして、退職・アパート解約・引越しを経て、1週間後には親の家で暮らし始めました。

それから9年、2020年現在、私は親を見送ってからも親の家に住み続けて再就職もしました。

今は以前と同じように自分の人生を歩んでいます。

この記事は、介護や看病などで社会生活を一時休止しても人生の軌道修正は可能なことをお伝えするために書きました。

親の介護や看病に悩んでいる方が、こんな人生もあるんだなと感じて少しでも心の慰めにしていただければうれしいです。

はじめに

スマホメール

それは妹からのメールで始まりました。

妹からのメールには

「おじいちゃんが入院したよ」


と書いてありました。

おじいちゃんとは父のことです。


妹は子供たちの手前、同居している父をおじいちゃんと呼んでいました。

何年か前から心の奥にあったけど、つらいことだから気が付かないふりをしていたことが急に現実となって目の前に現れたのです。

感情を混ぜることなく、事実だけを伝える一文は心に刺さります。

私はすぐに休暇を取って見舞いに行くことにしましたが、


この時は1週間後に人生が大きく変わることはまったく予想していませんでした。

がんでステージ4 そして余命宣告

体温計 発熱

親の余命宣告など、だれも聞きたくありませんが、

もし、あなたの親が病気で長く生きられないことが分かったらどうしますか。

私は、親が定年退職したころから、

なんとなく心の隅で「そういう日」が来ることは考えていました。

でも、それはまだ先の事。

先の事であってほしいという願いから、心の隅に追いやっていました。



実際、親が健康なときには多くの方が親の介護について、具体的な考えは持っていないと思います。

ところが、父が末期がんで余命宣告を受けると、

長い間くすぶっていた考えは心の隅から突然おもてに飛び出してきました。

今ふり返るとあれが本能というものじゃなかったかと思います。

私は本能が命じるままにやるべき事、取るべき行動を機械的にこなしました。

具体的な内容は次の章でお伝えします。

退職・アパート解約・引越し 同時進行で所要日数7日

私は迷うことなく、仕事を辞めて父の家に引っ越すことを決めました。

長年勤めた会社を突然辞めることを想像してみてください。たぶん、難しいですよね。

アパートの契約期間は1年とか2年とか決まっているはずです。

途中で解約すると金銭的なリスクがあるかもしれません。

住み慣れた部屋を見渡してすべての荷物を片付けて引っ越すことを思うと気が遠くなりそうです。

でも、私は退職・アパート解約・引越しの3つを同時進行で7日間でやり遂げました

当時はビデオチャットなどは一般的ではありませんでしたが、

電話やメールを駆使すれば何とかなるものです。

相手はあなたと同じ人間だからです。

誠意をもって説明すれば必ず伝わります。

そして何より大切なことは「やり遂げる」という強い意志をもって臨むことです。

退職

職場からあなたが突然いなくなれば、同僚に迷惑がかかります。

でも、あなたが社長でなければ、あなたが退職したことで会社がつぶれるようなことはありません

同僚も、余命宣告された親のところへ行く人に無理は言わないものです。

むしろ、環境が変わることやこれから先のことを思いやって見送ってくれました。

引っ越し準備

引っ越し 空っぽの部屋

引っ越しは先に日時を決めてしまいました。

決めたあと、それまでに間に合うように準備を進めました。

インターネットで業者を選んで、見積を見て決めましたが、

ポイントは不要な家具・家電を引き取ってくれることでした。

時間があれば、某サイトやリサイクルショップで売って換金したいところでしたが、

とてもタイトなスケジュールだったので、時間を第一優先に動くしかありませんでした。

荷物を片付けながらも会社とは引継ぎ業務をしました。

電話で済まないことはい会社まで出向きましたが、

その往復の時間でさえ無駄にできないので、

移動中に友だちに転居の連絡や役所に大型の不用品処理の予約などをしました。

引っ越し前夜には友だちが夕食会を開いてくれましたが、

それは職場の同僚も、趣味の仲間も、近くに住む友人も

垣根を超えた私の知人の合同の集まりになり、

最後には段ボールを積み重ねたアパートで雑魚寝です。

この集まりはのちに介護生活を送っているときのパワーになりました。

アパート解約

アパートはそれぞれの賃貸契約によって違いますが、

私の場合、不動産会社が近くにあり、大家さんも近くにお住まいだったので、

事情を話して契約期間満了前に早々に退去させてもらうことができました。

あらかじめ電話で

「どうしてもこの日までに親のところへ行かなければなりません」

という説明をしておいたら、社長自ら引っ越しの日の昼間に書類を持って部屋まで来てくださり、

大家さんの部屋チェックも同時にセッティングしてもらえて、引き渡しが完了しました。

いざ、実家へ

東京駅駅舎

アパートを解約すると、海外へ行くときにいつも使っていた大きなキャリーケースひとつを引きずって最寄り駅へ行き、

毎日使ったPASMOを解約して

新幹線で父の家へ向かいました。

その日はちょうど甥の誕生日で父と妹一家と私とで家で食事をしました。

こうして1週間で、会社を辞めて、それまで住んでいたアパートを引き払い、親の家へ引っ越しました。

これができたのは看病というかたちで親にせめてもの恩返しをしたいという強い気持ちがあったからです。

今思い出してもかなりハードなことでしたが、気持ちさえあれば何とかなります。

引っ越しが済んでからは

  • 役所への届け出
  • 運転免許の変更届け出
  • 金融機関やクレジット会社への連絡や届け出

などのタスクがありましたが、

仕事を辞めて平日の昼間に動けるようになると大した負担ではありませんでした。

親を見送って再就職

就活 履歴書

父はちょうど平均寿命まで生きて旅立ちました。

それまで私は失業保険と貯金で生活をしていましたが、

一生暮らせるほどの貯金はないので、就活を始めました。

今暮らしている家は実家と言っても、私が育った家ではありません。

この地で仕事をするのは初めてです。

ブランクもあります。

若くもありません。

就活の条件としては悪い方ですね。

前の職場から声をかけてもらえましたが、私は戻ることはしませんでした。

この地でこれからの人生を歩もうと決めたからです。

そう決心したのは、私が引っ越してきたときの父の安心そうな顔が忘れられないからです。

ハローワークへ通い、ちょっと興味があった職業の訓練も受けましたが、結局前と同じ業種で再就職が決まりました。

若くなくても、今までの経験を買われたわけです。

まとめ

今だから言えるのかもしれませんが、

「おじいちゃんが入院したよ」

というメールを受け取ったとき、

自分の気持ちに素直に行動したことは間違えていなかったと思います。

仕事を辞めることや、

生まれ育った地を離れることには大きな不安がありましたが、

今は新しい仕事がみつかり、

新しい友だちもできて

さらに以前の友だちとの交流も続いています。

つまり、人は環境が変わっても適応できるということです。

たまたま、私はこの地に残る道を選びましたが、違う選択肢もあると思います。

親の介護や看病で悩んだときは、あなたの気持ちに正直に行動してみてください。

人生の軌道は修正が可能です。

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